昭和38年度/1963年度

昭和38年7月中旬

地元有志他10数名、公立高校誘致の件で会合を重ね、市教委と交渉を開始する。

10月6日

地主側、用地問題の話し合いのため、市教委側と初会合。

11月20日

市教委、地主側と仮契約を結ぶ

昭和39年3月27日

市教委、地主側と本契約。



昭和39年度/1964年度

昭和39年8月上旬

高校建設予定地1万坪を横浜市より神奈川県に移管。

9月1日

青少年センター総務部長田中茂,県立大和高校教頭石渡万雄,県教委において高校設立準備業務を開始する。

昭和40年1月1日

県条例107号に基づき、神奈川県立横浜日野高等学校の設立が告示される。

県教育庁管理部副参事田中茂、初代校長に任ぜられる。
県教育庁指導主事石渡万雄、教頭に任ぜられる。
県立横浜翠嵐高等学校事務長亀谷真、事務長に任ぜられる。
県立横浜立野高等学校において、開校事務を開始する。

2月20日

県立横浜緑ヶ丘高等学校において、調整学区としての入学選抜学力検査を実施。